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心の中

私の妊娠経験を書いてます。「初めに」をご一読下さい。

胎児ドックを終えて(千春⑪)

車の中で、主人も声をあげて泣きました。
帰ろうか、と言われて うん、と答えた。
他に何を話したんだろう。昨日のことなのに思い出せません。
また、昼時でした。今度はコンビニに行く気にもならない。
そしてこの時間は父が出勤する準備をするため、リビングに来ます。
とても話せない。

寝室に行くと、夫も寝室に来ました。
ベッドに腰かけて泣きながら話しました。
「今後のことを色々と仮定した上で先生は提案したけど、実は道は1つしかないよね」と言うと
「昨日ラインで胎児ドックを受けると聞いて、帰りの電車で調べたときから、俺は覚悟してた。ただ、〇〇(私)が、それでもいいのかなって・・・」

先生のお話を聞きながら、それしかないと思った。
名医の先生でさえ治せない。その先生がそれをすすめるほど、現実には絶望しかない。
奇跡はない。
こんな週数で羊水からっぽ。
産まれても呼吸できなくて、お腹の中で脳障害があって既に腎不全。お腹は尿で膨らんでいる。
臍帯と子宮で圧迫されて苦しい。
この子の寿命まで治らないのに、この状態がその日まで続く。悪化しながら。
どのへんに可能性がある?

ごめんなさい。



主人の気持ちを聞いた時には、私も同意していました。2人寝室で泣きながら色んな話をしました。

泣きながら主人はこう言いました。
「お腹に赤ちゃんがいる〇〇が心配なんだよ、俺には本当に〇〇のことが分かってあげられないんだ」
「そんなことない、分かってる、分かろうとしてくれてる」
お腹にいる私と、そうでない自分とは違うから、本当の意味で理解できないことを主人は謝るように言いました。

私は、焦ったつもりはないんですが、こうすることを決めた以上は早く泣き止んで気持ちを切り替えよう。
いつまでも、うじうじしちゃいけない。
そう思いました。だから段々と泣きやみ、そんな私を見たからか、主人も段々と落ち着き始めました。


とりあえずご飯食べようかと、スーパーに行きました。
その道中も、千春のこと胎児ドックのこと1ヶ月前の検診のこと、全く関係ない話もしました。
帰り道、正面からベビーカーを押したお母さんが歩いてきました。
ワッ、と心の中と頭がざわついて泣きそうになるのを抑えました。
他人と比べても仕方ないから・・・

遅すぎる昼食の後、夕飯の支度の時間まで羊水のない千春が潰れないような姿勢で、ソファーに転がりました。
産院の午後の受付開始時間とともに電話をして、週明け月曜日に「今後のこと」を医院長先生とお話することになりました。
そして気持ちを「今後のこと」に向けるため、中絶のことを調べ始めました・・・。

そのとき人工死産という言葉を知りました。
決して経済的な問題でこの選択をしたのではない。
この子の苦しみを終わらせたいんだ。
中絶?違う、違う・・・。この言葉しかないの?と思っていました。
そして人工死産となった場合、どうなるかを知りたくて、ひたすら今度はそれについての記事や書き込み、体験談を読みあさるのでした、、、