心の中

私の妊娠経験を書いてます。「初めに」をご一読下さい。

たぶん反動(千春⑫)

そろそろ夕飯用意するかな、という頃。
ずーっとスマホで人工死産のことを読む私に、主人が「ずっと悲しいお話を読んで、つらくない?」
何もする気の起こらない私は、ただひたすら似た経験をした人や、これから私が経験することを既にされた人の話を読むしか、知るしか、共感するしか、できませんでした。
「うん、つらくない」

家族のお弁当に使うブロッコリーの下処理をしているときから、気分が悪くなり始めました。
夕飯は手間がかからない簡単なメニューの日だったのですが、どんどん気持ち悪くなる。
ブロッコリーを見て、ぽんぽんちゃんのために茎も煮てサラダにして食べようとした日を思い出しました。
夕飯の焼いていた餃子をみて、肉餃子じゃなく野菜餃子を選んだことを思い出しました。 少しでも野菜を、という思いから選んだのです。

目が回るような気持ち悪さ、そもそも自分はお腹はすいてないし夕飯はもう少し後にしよう・・・。
涙も出てきた。
なんとなく昼間、寝室で気持ちを切り替えようとしたのが早すぎたのかなと思いました。

「ごめん、先に食べてて、休みたい。」
と、主人には悪いけど、半ば泣き始めた状態で寝室に向かいました。

やっぱり、切り替えが早かったようだった。
次から次へと、切り替えようと押さえた気持ちが沸きあがりました。
わめき散らして、お腹の子に謝り続けて、泣き疲れるまで繰り返しました。しょうもないタラレバを空想して、窓から飛び降りるとか、現実から逃げることを考えたり、そしてまたお腹をさすりながら謝り続けてました。

気づいたら泣き疲れて寝ようとしている自分がいました。
そして、さきほどの気分の悪さはすっかりなくなっていました・・・。心を抑え込むような切り替えの仕方による反動だったのかな。

主人が様子を見に来てくれて、また2人で色んな話をして、お風呂に入りながらずーっと話をしました。

胎児ドックを終えて(千春⑪)

車の中で、主人も声をあげて泣きました。
帰ろうか、と言われて うん、と答えた。
他に何を話したんだろう。昨日のことなのに思い出せません。
また、昼時でした。今度はコンビニに行く気にもならない。
そしてこの時間は父が出勤する準備をするため、リビングに来ます。
とても話せない。

寝室に行くと、夫も寝室に来ました。
ベッドに腰かけて泣きながら話しました。
「今後のことを色々と仮定した上で先生は提案したけど、実は道は1つしかないよね」と言うと
「昨日ラインで胎児ドックを受けると聞いて、帰りの電車で調べたときから、俺は覚悟してた。ただ、〇〇(私)が、それでもいいのかなって・・・」

先生のお話を聞きながら、それしかないと思った。
名医の先生でさえ治せない。その先生がそれをすすめるほど、現実には絶望しかない。
奇跡はない。
こんな週数で羊水からっぽ。
産まれても呼吸できなくて、お腹の中で脳障害があって既に腎不全。お腹は尿で膨らんでいる。
臍帯と子宮で圧迫されて苦しい。
この子の寿命まで治らないのに、この状態がその日まで続く。悪化しながら。
どのへんに可能性がある?

ごめんなさい。



主人の気持ちを聞いた時には、私も同意していました。2人寝室で泣きながら色んな話をしました。

泣きながら主人はこう言いました。
「お腹に赤ちゃんがいる〇〇が心配なんだよ、俺には本当に〇〇のことが分かってあげられないんだ」
「そんなことない、分かってる、分かろうとしてくれてる」
お腹にいる私と、そうでない自分とは違うから、本当の意味で理解できないことを主人は謝るように言いました。

私は、焦ったつもりはないんですが、こうすることを決めた以上は早く泣き止んで気持ちを切り替えよう。
いつまでも、うじうじしちゃいけない。
そう思いました。だから段々と泣きやみ、そんな私を見たからか、主人も段々と落ち着き始めました。


とりあえずご飯食べようかと、スーパーに行きました。
その道中も、千春のこと胎児ドックのこと1ヶ月前の検診のこと、全く関係ない話もしました。
帰り道、正面からベビーカーを押したお母さんが歩いてきました。
ワッ、と心の中と頭がざわついて泣きそうになるのを抑えました。
他人と比べても仕方ないから・・・

遅すぎる昼食の後、夕飯の支度の時間まで羊水のない千春が潰れないような姿勢で、ソファーに転がりました。
産院の午後の受付開始時間とともに電話をして、週明け月曜日に「今後のこと」を医院長先生とお話することになりました。
そして気持ちを「今後のこと」に向けるため、中絶のことを調べ始めました・・・。

そのとき人工死産という言葉を知りました。
決して経済的な問題でこの選択をしたのではない。
この子の苦しみを終わらせたいんだ。
中絶?違う、違う・・・。この言葉しかないの?と思っていました。
そして人工死産となった場合、どうなるかを知りたくて、ひたすら今度はそれについての記事や書き込み、体験談を読みあさるのでした、、、

中期胎児ドック2(千春⑩)

夫の顔は、いつ見たんだろう。
この診察室では見れませんでした。

先生は、この子の妊娠、いま生きている命は今後がどの道でも苦しくて難しいことを仰りました。
そして、こんなことも。独り言にも聞こえるような言い方でした。

これだけ腎臓が腫れてるなら、1ヶ月前の検診で分かる人が見れば気づけたかもしれない


専門医がいるほど、エコーは分かりにくいものなのかもしれない。専門の機械じゃなきゃ、実は羊水が血管の集まりだったんだもの。

分かりにくいものを分かれとは無理な話だ。
そもそも、1ヶ月前の16週目の検診で腎臓はあのとき見てくれたのかな?
昨日調べたら、腎臓の疾患は胎児エコーでも見つかりやすいのだと知りました。
素人がネットで知れることを、産科医が知らないはずないじゃない。
小さくて見えないなら仕方ないです、そのときみたA先生の判断は、腫れていないと思ったのならそれでいいんです。
「見ようとしたのか?」です。

疾患が見つかりやすい臓器を、見ようとするものなのかそうではないのか。
そうでないなら、自衛するしかありませんから、仕方ないことです。
B先生も、「次のときは、今回のことがあったことを言って腎臓を見てもらってください」と言われました。
そして「両側性多嚢性胞異形成腎(MCDK)」と書かれた紙を渡されました。
前日調べた中、申し訳ないですがら私がこのとき一番見たくない文字でした。
羊水がある、だから違うだろうと半ば心の中で決めつけて選択肢から除いた疾患でした。

会計待ちがつらかった
混んでたから中々呼ばれなかった
騒がしい
妊婦とその付き添いとのおしゃべりや、連れてきた第1子第2子の子供たちは元気に遊び場ではしゃぐ声
色んな思いが襲いかかった

中期胎児ドック(千春⑨)

内容は「千春①⑤」などに被るところがあります。
省いたことを書きました。

スクリーニングという段階を飛ばして、お願いして受けさせてもらえたこの胎児ドック。
土曜日で、主人が休みでしたので2人でロビーで待っていました。

呼ばれました。
いつもの内診室とは反対方向の廊下の奥に、専用の部屋がありました。看護師さんが1人と、お世話になるB先生が待っていました。
予約がいっぱいのところ、今日はありがとうございますと言いましたが、先生の「(診察台へ)どうぞ、」の一言がすごく、重苦しい雰囲気を感じました。

「2人の近親者で、血圧の高い人はいませんか」
「腎臓が悪くて移植した人はいませんか」
血圧は酒たばこで高くても、近親者の中に腎臓が悪い人はいませんでした。
そう2人が答えると、遺伝性でないから予後が難しいと言われました。
遺伝がなくてもなるの・・・?

内診が始まって、すぐ指摘されました。
・腎臓の異常形状
・両方とも、機能していない
これだけで気絶してもいいくらい、私は絶望しました。
昨日調べた中で、この2点だけでもう・・・。

・お腹の中でも今後生きていけない、生きても羊水がないために肺が成長しない
・産まれても呼吸ができない
・今後、脳にも障害が出てしまう
それらの上で
・もし産まれても透析、腎臓移植、小さいから当然すぐ手術はできない
この点(産後)に置いてだと、思いますが
「ご両親の多大な努力が必要
ですが・・・・・・」この間は、(無理だろう)、という間・・・。

現状として
・頭より、お腹が大きい(腎臓が機能していないから、飲んだ羊水を尿にしてだせない)
典型的です。(症状の例として)
・ここ、黒いとこ(昨日少ない羊水だと言われたところ)、これ血管なんですよ。羊水ないです。

と、機械で血管として色付けされたところにその部分も含まれました。
羊水、ない・・・?

先生は、ここまで何度も話し始めか終わりに「申し訳ないが・・・」と仰りました。
そして、助けてあげられます、とは言ってあげられない、とも。
「今回は、残念ですが・・・」と、今後の妊娠継続をすすめないであろう話をした時。
こんなことってあるんですね。
お腹の中の赤ちゃんが動いたのを感じました。
いつもの元気な胎動です。
いま、動いてるこの子を中絶するの・・・?

人前でこんなに声を上げて泣くとは思いませんでした。
すぐに看護師さんが備え付けのティッシュをケースごと渡してくれました。

数時間後のその日の夜、ふといきなりこの瞬間を思い出しました。
そのティッシュケース、なんだか箱の大きさの割に軽かったんです。気のせいならいいんです。
なぜなら、スクリーニングで問題があったら、その産院では非公開の胎児ドックを受ける。
予約がいっぱいになるほどの妊婦さんたちは、きっと今月も先月もこのティッシュを使った人がいたから、使えば軽くなるんだな・・・。

長いので切ります。

検診のあと(千春⑧)

今日の検診が終ったら、大好きなスシローに行こう。
ちゃんと夜に、野菜いっぱい食べるからね、ぽんぽんちゃん。

そんな気分は失せ、検診後はお昼どきでしたのでお腹はすいてましたが、何も食べたくない。
食べないは、無理。ぽんぽんちゃんに悪すぎる・・・。
何も食べないよりは、と料理せずにすぐに食べれるからコンビニでサンドイッチを買った。
そして、
胎児 腎臓 腫れて
とか
胎児 羊水 少ない 腎臓
スマホで調べました。
産院からの電話は3時間後に来ました。
幸いにも、胎児ドックを受けさせて頂けることになりました。ありがたかったです。
この電話を受けるまで、ずっとスマホで調べてました。
父が出勤する時間だったので、今日の検診の結果、胎児ドックをすすめられてーとか、でも順調に大きくなってんだよーって軽く話した。
父さんは、そうなんだー、と私の軽さに合わせて返してくれた。

前もって千春の症状に該当しそうな疾患や障害の名前を知ること、それぞれの原因を知ること。
私にとってそれはいきなりショックを受けた頭で、先生の説明をまともに聞けないことを避けるために必要でした。

そして、調べた中で私が気がかりだったのは
・現在20週目ということ
この週数の少なさは不安でした。
もし、早産となる頃まで成長したとしても、すでに羊水が少ないなら、産まれたら必要な肺呼吸の準備が全然足りてないのではないか?
・人工羊水で済むのか
・そもそも問題になった腎臓は片側なのか両方なのか
・少ししかない羊水は、ちょっとでも腎臓が機能しているということなのか

そして、医大勤務のB先生のことも知りました。
医学会認定の超音波専門医、名医、某大学卒からの略歴。
あ、この先生に診断して頂いたら間違いはない。
セカンドオピニオンは存在しないな、と思うほどでした。
帰宅した主人とは、症状と明日見て頂けるB先生の話をしました。
詳しくは明日分かるから、今考えても仕方ないから。
花粉症の鼻づまりで寝不足気味だったのと、検診のことで疲れたので、この日はすぐに寝ました。
眠りは浅かったけど。

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20週目の検診(千春⑦)

土曜日は混むから、前回の1回を除いていつも付き添いなしで平日を選んでました。

千春はまだ逆子でした。
この検診でも、「まだこの時期は気にしなくていいよ」と言われました。そして、思ってもみないことを言われました。
「順調に成長してる・・・けど、ちょっと腎臓が大きく腫れているように思えるのと、羊水が少ないかな。念のために他の先生を呼んで見てもらうから、少し待っててくれる?」
・・・?

他の先生を待っている間に、聞きました。
「それは、どういうことなんでしょうか」
羊水は、赤ちゃんが飲んでおしっこにしてることは知っていた。
【腎臓が腫れているとおしっこちゃんと出なくて、だから羊水が少ない】、と。
それって、肺の成長に関わることだ・・・。
しばらくすると、確認するために呼ばれた先生が診察してくれました。

「やはり、羊水が少ない。この黒い部分(小さい・・・)しか羊水がない。
赤ちゃんは羊水に包まれているけど、この状態は・・・」
そして、先生達の間でやりとりが始まりました。
「明日の胎児ドックの空きは?」え、胎児ドック?
「いっぱいです」
「でも次は来月の・・・いや来月じゃ」・・・。
「早い方が良いですね」「B先生(胎児ドックの担当の医大に勤める先生)に、お願いして~・・・」「医院長に~・・・」

気が気じゃありませんでした。
実はこの日、夫婦で話し合って胎児スクリーニングの予約をお願いするつもりでした。
そのことを話すと、「胎児スクリーニングで問題があったら、受けてもらうのが胎児ドックなんだ」
院内に掲示されて、渡された用紙もスクリーニングだったので驚きました。

ドックは、今月の予約(月1だけで、それが明日)が満員なので、医院長がB先生にお願いして受けれるか聞いてみます。
それが無理なら、来月のドックを待たずにご自身で医大に直接行かれた方がいい、と。
ひとまず医院長の都合上時間がかかるので、帰宅しました。

20週目までの生活(千春⑥)

16週目の検診が終わり、私が落としていたアプリにも「安定期」の文字が表示されるようになった。
つわりもなくなった。
その代わり、初産にしては早いけど、15と16週にポコ!という小さな小さな胎動を2回だけ感じた。

待ちに待った安定期です。
やっと義母と友達に報告できる。
義母とは早まって千秋の心拍確認後に報告した際に、「安定期に入ったら、水天宮さまのところに行こう」と約束していました。
みんなの都合上、1ヶ月後に行くことになりました。
友達は、何だかんだ2人目の出産お祝いが遅れてしまったので、お祝いを持って遊びに行きました。

安定期でも出産まで何があるか分からないんだ、ということを義母にも父にも言いました。

今年の正月、父が買ってプレゼントしてくれた安産祈願のお守りは、いつも身近に持っていました。
アサリを前より食べるようにして、牛乳も毎日飲んで、昔みたいに朝ごはんを菓子パンで済ますこともやめ、おやつも小さいチョコを1日2個とか、糖分を減らして野菜をより多く摂るようにしました。

花粉症がつらいので、基本的に引きこもっていましたが、雨上がりの晴れの日以外で買い物で外出するときは、わざと遠回りしてスーパーに行きました。
ごみ捨ての日は、出勤する夫に駅までついていって散歩しました。

安定期だからといって、何があるか分からない

嫌なことばかり考えるのは胎教によくない

だからベビーグッズは再来月あたりからゆるゆる揃えよう。パンフレットに赤丸をつけて、目星をつけて。
来年の今頃は自分の時間なんてないに等しいだろうら今のうちに無理のない程度に出かけた。
趣味も没頭した。つわりがあった大掃除で出来なかったところの掃除をしてみたり。
重たいものも、持たないように家族が手伝ってくれた。

雑誌の写真で見るより、私のお腹は20週目のわりに小さい気がした。
人と比べても妊娠はそれぞれ。
お腹周りの肌荒れと、下着の締め付けはあったのでマタニティ用の下着を買いました。
マタニティ用品を選んでいた私は、幸せでした。

そして16週からこの20週で、胎動はポコポコから時折ボコ!も交えた元気ある千春の動きを毎日感じていました。
いま思うと

羊水がないから、私の場合はお腹が小さい?
羊水がないから、私の場合は初産なのに早めに感じた?

私は一昨日の金曜日の20週目の検診で、この日々を全て否定してしまう思いに襲われます。

千春は腎臓が腫れ上がってお腹が頭より大きくなって、長さ図るとお腹だけ異常値、あるべき羊水は千春のお腹で滞っていた。
それなのに、呑気にモーツァルトや好きなJ-POPを千春の聴覚の発達に合わせて聞いた日。
羊水というクッションはおしっことなって排出することは千春に出来なかった。
それなのに掃除なんかしてお腹を圧迫する体勢も取った。
出かけて歩き回った日もあった。
お腹もつんつんした。
全部千春にとっては苦しくて痛いことだと思う。
そんな中、悠長に音楽流されて、呑気な母親に千春はきっとつらさを訴えたかったと思う。